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東京地方裁判所 昭和63年(刑わ)2997号 判決 1989年9月12日

主文

被告人雨宮義晴を懲役一年に、同北澤正美、同杉目正明をそれぞれ懲役一〇月に処する。

被告人三名に対し、この裁判確定の日から二年間、それぞれその刑の執行を猶予する。

訴訟費用中、証人七海明雄、同山中清子、同藤貫栄一、同鈴木千絵に支給した分を三分し、その一ずつを各被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人三名は、いずれも同じ中学校出身の同窓生であるが、昭和六三年一〇月二二日の夜、同じく中学校の同窓生である藤貫栄一、被告人雨宮の女友達である鈴木千絵らと共に遊びに出掛け、翌二三日午前一時三〇分ころ、東京都文京区大塚四丁目三九番一九号株式会社文京印刷会館前路上に、被告人三名がそれぞれ運転していた乗用車三台を縦列駐車させて歩道上で雑談していたが、酩酊した状態でたまたま同所を通りかかった岩田和幸(当時四五歳)が被告人雨宮の乗用車の後部アンテナに着衣を引っ掛けて曲げ、そのまま右文京印刷会館内に入っていったことに不快感を抱いていたところ、右岩田がまもなく文京印刷会館から出て来て、「俺にガンをつけたのは誰だ」等と語気鋭く申し向け、被告人雨宮が、「俺だ」と答えるや、岩田がやにわに被告人雨宮の前にいた鈴木千絵の長い頭髪を掴んで引き回し始め、鈴木の頭髪を掴んだまま、文京印刷会館前路上から不忍通りを横断して、同区大塚三丁目二〇番五号アネックス茗荷谷ビル一階駐車場まで移動したため、被告人三名は、岩田の鈴木に対する右急迫不正の侵害から鈴木を救うべく、岩田の右行為を制止しようとして岩田ともみ合いながら移動するうち、憤激の情も加わり、共謀のうえ、防衛の程度を超え、被告人雨宮が手拳で数回殴打し、同北澤が手拳で殴りかかり、同杉目がその大腿部を足蹴にする等の暴行をこもごも加え、さらに、同駐車場入り口付近において、鈴木の頭髪を離して立ち去ろうとした岩田に対し、被告人雨宮が手拳で顔面を殴打したところ、岩田はその場で転倒してコンクリート床に頭部を打ち付け、よって、同人に対し、入通院加療約七か月半を要する外傷性小脳内血腫、頭蓋骨骨折等の傷害を負わせたものである。

(証拠の標目)(省略)

(弁護人の主張に対する判断)

一  被告人三名の共謀について

被告人三名及び各弁護人は、本件犯行当時被告人三名が互いに犯罪行為を共謀した事実はなく、また仮にあったとしても、岩田が鈴木千絵の頭髪を離した時点で共謀関係は崩壊しているから、それ以後の暴行については個別の責任である旨主張するので右の点につき判断する。

本件犯行に至る経緯及び本件犯行の態様は前記判示のとおりであって、さらに前掲各証拠によれば、(1)判示アネックス茗荷谷ビル一階駐車場の入り口付近で岩田が鈴木の頭髪を離して駐車場奥へ後退しながら歩いていった後、被告人雨宮は直ちに岩田の後を追い、被告人北澤及び同杉目は鈴木の頭髪がいつ離されたかについて明確な認識を持たないまま同じく岩田の後を追っていること(2)岩田が鈴木の頭髪を離した位置から最終的に岩田が転倒した位置まではせいぜい二〇メートル位しか離れておらず、この間は時間的にも接着していたこと(3)被告人雨宮の最終の殴打行為の際、被告人北澤及び同杉目も右雨宮から約二、三メートル程度に近接した位置にいて右雨宮の行為を終始見ていたこと等の事実が認められる。

これらの事実に照らすと、被告人らの本件行為は、岩田が鈴木の頭髪を掴んで引き回したことが発端ではあるが、岩田への制止行為から発展して被告人雨宮の岩田に対する最終殴打行為に至るまで一連の行為として把握するのが相当であって、被告人三名は、岩田の鈴木に対する加害行為に対応してそれぞれ岩田に対し共同して立ち向っていたものであり、この間、岩田が鈴木の頭髪を離したことを契機として、被告人北澤及び同杉目が岩田に対する攻撃の意図を放棄し、その攻撃から離脱したものとは認められない。よって、弁護人の主張には理由がない。

二  正当防衛及び過剰防衛等の主張について

各弁護人は、被告人らの本件暴行は、岩田が鈴木の頭髪を掴んで引き回す等して鈴木及び被告人らに対し急迫不正の侵害を加えたため、被告人らはこれに対する防衛行為として岩田に対し暴行を加えたものであって、正当防衛が成立し、仮にそうでなくとも過剰防衛が成立する旨主張するので、右の点につき判断する。

本件の発端において、岩田が被告人らの中に突然割って入り、因縁をつけることがごとき行動に出た後、やにわに鈴木の頭髪を掴んで引き回したことは急迫不正の侵害にあたると言わざるを得ない。また、被告人らの判示暴行は、前記のとおり、岩田が鈴木の頭髪を掴んで引き回し、これを執拗に継続した行為に対応して、その制止行為から発展してなされた一連の暴行と認められる。そうだとすれば、本件暴行は、その過程で憤激の感情が伴っていたことは推認できるものの、少なくとも岩田の右加害行為に対応する防衛の意思をもって行われたものであることは否定できない。

次に、右暴行の態様は、酩酊中でいささか常軌を逸した加害行為に出ている者が相手であるとはいえ、四五歳のさほど体格も大きいとはいえない被害者岩田に対し、若年の男性で体格も優れている被告人三名が、藤貫を含めて四人がかりでこもごも殴る蹴るの行為に及んでいるものである上、駐車場内で鈴木の頭髪を離し立ち去ろうと後退してゆく岩田を、被告人三名が直ちに後を追い、藤貫の制止にもかかわらず被告人雨宮が殴打行為に及び岩田を転倒させたことが認められる。ところで、被告人雨宮が駐車場内で岩田を殴打して転倒させた暴行は、岩田が鈴木の頭髪から手を離した直後になされているが、両者は時間的、場所的に接着していることは前述のとおりであり、本件被告人らの暴行の推移を全体的に見れば、被告人雨宮の最終殴打行為についても被告人らの各暴行の一連の行為の一つとして、結局、岩田の鈴木に対する侵害行為に対応する暴行と評価するのが相当である。そこで、被告人らの各暴行を一連のものとして考えた場合、防衛のための行為としては必要な程度を逸脱しているものと言わざるを得ない。したがって、被告人らの本件犯行は正当防衛行為とは認め難く、過剰防衛にとどまるものと認められるので、弁護人の主張は、その限度で理由がある。

なお、被告人雨宮の弁護人は、被告人らが駐車場内で岩田の後を追ったのは、鈴木に対する傷害の現行犯人である岩田を逮捕するのが目的であって、本件暴行はこれに付随する行為であるから、法令による正当行為であるとか、被告人雨宮の最終の殴打行為は、岩田が新たに攻撃を仕掛けてくるものと誤信した結果に基づく誤想防衛行為であるとか主張しているが、既に判示した事実関係と異なる事実を前提とする主張であり、その主張の事実は認められないから、採用することはできない。

(法令の適用)

被告人三名の判示所為はいずれも刑法六〇条、二〇四条、罰金等臨時措置法三条一項一号に該当するところ、所定刑中懲役刑を選択し、右刑期の範囲内で被告人雨宮を懲役一年に、被告人北澤、同杉目をそれぞれ懲役一〇月に処し、情状により同法二五条一項を適用して被告人三名につきいずれもこの裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予することとし、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文により証人七海明雄、同山中清子、同藤貫栄一、同鈴木千絵に支給した分を三分し、その一ずつを各被告人の負担とすることとする。

(量刑の理由)

本件事案は、酩酊した被害者が被告人雨宮の女友達の頭髪を掴んで引き回す等したため、これに憤慨した被告人三名が共謀の上、被害者に暴行を加えて被害者に傷害を負わせたというものであるが、被害者は本件により入通院加療約七か月半を要する重篤な頭部外傷を負い、現在もなお後遺症が残り、完治の見込みは未だ立っていないのであって、右傷害の直接の原因を作出した被告人雨宮の刑事責任の重大さはもちろんのこと、共謀して暴行を加えていた被告人北澤、同杉目の刑事責任も決して軽いものとはいえない。

しかし、本件の発端は判示のとおり、酩酊した被害者の常軌を逸したともいえる加害行為にあることは明らかであり、正当防衛こそ成立しないとはいえ、被告人らの憤激及び被害者に対する暴行を加えた心情については同情すべきものもあること、被害者の傷害が重篤なものとなったのは被害者が酩酊していたため頭部からコンクリート床に転倒したことに原因があると認められ、偶然的な要素が強いと考えられること、本件犯行後、被告人らは直ちに救急車を呼ぶ等の処置を講じていること、被告人らはいずれも本件犯行に至るまで定職に就き、真面目に社会生活を送っており、前科前歴もないこと、また、いずれも若年であって今後の更生を十分期待しうること等、被告人らに有利な諸事情も認められる。従って、以上の諸事情を考慮の上、被告人三名については今回に限り懲役刑の執行を猶予し、社会内での更生を図る機会を与えるのが相当であると判断した。

よって、主文のとおり判決する。

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